本を片手に考えた、あんなことやこんなこと

本を読むことが大好きな30代女子(一児の母)の日記です。

遠い国の話はあなたの隣の人の話かもしれない 〜No.1『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』〜

ブレイディみかこさんの『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)を読みました。

www.shinchosha.co.jp

 

英国ブライトン在住、エッセイスト(兼 保育士)のブレイディみかこさん。息子さんが、カトリック系の優秀な小学校から地元の「元」底辺中学校に進学したことをきっかけに、息子氏やみかこさん自身が体験した、日常のちょっとした事件を綴ったエッセイだ。

 

この、ひときわ輝く黄色の表紙!本屋のどこに置いてあっても目立たぬわけはないのですが、どの本屋に行っても一番いい場所に置いてあるので、最初は「いわゆるアレ?出版社が沢山売りたくて、キャッチーな題名つけて表紙派手にしたやつ?」と訝しげに見つめる私。(失礼すぎる。ごめんなさい。)

で、しばらく、それこそ最初に見てから半年くらい買わず、その間に私は出産でなかなか本屋に行けなくなり、12月末に久々に大好きな本屋へ!

 

「は!まだいいところに置いてあるで、この本・・・」

 

私が信頼し申し上げる本屋さんでも、この本、かなりいいポジション取りをしていらっしゃった。ということは、相当面白い、そして本屋さんが勧めているに違いない、と思い即購入。

 

実際読み始めたのは年明けからだったのだが、

 

「何これ、面白い!」

 

と驚き、一気読み。

 

息子氏は小学校はカトリック系の優秀な学校に通っており、生徒会長にまでなった秀才だったですが、ひょんなことからカトリック系の中学校(同じく優秀)には通わず、元底辺中学校に進学します。(ちなみにどちらも公立ですが、イギリスでは公立でも学校を選択できるらしい。いいな。)

 

元底辺中学校は、成績が学区の中で底辺だったのですが、現校長先生が底辺を脱するべくいろいろな取り組みを実施した結果、底辺を脱して、近年はまあまあな成績の学校になったらしい。(だから「元」。)

 しかしやはり評判はまだあまりよろしくなく、「え、そんなところに通わせるの!?わざわざカトリックの小学校まで通わせたのに・・・。」みたいなやっかみを周囲のママから言われるわけです。(どこでもいるよね、そんなママ。)

 

カトリックの学校は裕福な家庭の子や移民の子息が多く、宗教的価値観という連帯があるのか、比較的平和な環境。

しかし、元底辺中学校は主に近隣の労働者階級の子供が通い、ほぼ英国人の均質的な世界。アイルランド人と日本人の両親を持つ息子氏はマイノリティなわけです。

 そこでは露骨に差別発言をする子がいたり、 貧困家庭の子がいたり、家庭に問題を抱えている子がいたりと、そういう意味で多様。

 

そんな環境で息子氏は、時に差別に公然と憤慨し、時に「なんであんなことするのだろう」と悩み、時に友人を心配して悶々としながら、ちょっとずつ大人の階段を上っていくのです。

 筆者はそんな息子氏に対し、過保護に接するでもなく、かといって冷たく突き放すでもなく、本人の考えを尊重しながらそっと寄り添い、淡々と考えを述べていく姿が描かれています。(この親子関係がまた良い。)

  

 

とても面白かったです。

 


そして、ちょっとした衝撃を受けました。何に衝撃を受けたかというと、イギリスの労働者階級の子供達は、小・中学生の頃からこんなにハードボイルドな日常を送っているのか!ということ。

 

自分も移民なのに他の移民の同級生に古めかしい差別用語を浴びせる子、フリーミール(貧困家庭の子供に配られる、自治体の食事補助)の制限額では空腹が満たせないので万引きに走る子、服を買うお金がなくて短い丈の制服を履いている子、破滅的な家庭環境をクリスマスソング(ラップ)にしたてる子、性的志向に迷う友達、正義の名の下に行われるいじめ、生徒の衣食住を心配し私費を投じる教員など・・・。

 

濃い学校生活だな・・・。こんなにも刺激的な思春期を過ごしているのか。という衝撃。この環境の中でも子供たちはたくましく成長していくのだろう。

 

さて、この状況はイギリスに限った話なのか、と疑問に思い調べてみた。

 

日本は日本人からすると、一見均質的に「見える」国だが、外国人の子供も増えているし(小中学校の学齢相当の、住民登録がある子どもは約12.5万人)*1、日本語の指導が必要な子どもの増加(公立の小〜高校で約4.4万人、10年前の1.7倍)*2や、外国人児童の不就学の問題*1も起こっている。

しかも、現代の日本に暮らす子どもの相対的貧困率はイギリスより高い。*3
また、ひとり親世帯の貧困率は実に50%を超え、OECD加盟国中最も高いと言われる。*4

 

この本に出てくるような差別や万引きが、日本でも頻繁に起こっていると結びつけるのはやや短絡的だと思うが、その根底にある環境、つまり子どもたちの多様性や貧困の増加は現に起こっている。

 

だから全然遠い国の話ではない。ひょっとすると隣の家で、隣のクラスで、隣の学校で、隣の町で起こっているかもしれない、起こりうる出来事なのだ。

 

そんな風に考えてみると、私たちはこの本の世界を他人事みたいに見つめることができるのだろうか。

 

 

親たちは自分の子供に、出来れば社会の暗い部分のことを知らないですくすくと育って欲しいと思うだろうし、 現に、不自由のない、恵まれた子供時代を送る子どもたちはたくさんいると思う。

 

でも、たとえ目の前で起こっていなくても、日本のどこかで起こっているかもしれない。

 

私自身も子供にはできるだけ不自由はさせたくはないが、息子には、自分が生きている世界が当たり前で「それが全て」ではないということを知っておいて欲しい。経験することがないならば、せめて想像して欲しい。そして、自分には何ができるのか考えて欲しい。

 

そういう意味でこれは子供たちに読んで欲しい本。そして、かつて子供だった大人たちに読んで欲しい本。

 

 

さすがに0歳の息子にこの本は早すぎるが、仮にこの本が学校の課題図書や道徳の時間に取り上げられることになるのだとしたら、学校の先生方は「差別やいじめはいけません。」「貧困はかわいそうですね。」みたいなありきたりな話ではなく、もっと突っ込んで、その背景や解決策について子供たちと話してみてほしい。正解はないのだ。何を話したっていいではないか。そして子供たちは、家で家族とこの本の話をしてみてほしい。

 

将来自分が息子とこの本について話すなら、息子の疑問に対してきれいごとでごまかさず、ブレイディ親子のように膝を突き合わせて率直に話し合いたい。

 

 

最後に、この本を読みながら、思い出したスピーチがある。
昨年、東京大学の学部入学式で上野千鶴子氏が贈った祝辞だ。(一部を抜粋します。)

あなたたちはがんばれば報われる、と思ってここまで来たはずです。ですが、冒頭で不正入試に触れたとおり、がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています。そしてがんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。あなたたちが今日「がんばったら報われる」と思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです。世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひと...たちがいます。がんばる前から、「しょせんおまえなんか」「どうせわたしなんて」とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます。

あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください。*5

 

この本を読むたびに、この上野氏の言葉が重なる。子供たちの未来に、これからの社会に、私たち大人はどんな石を積み、どんな一石を投じることができるのだろうか。

 

これから、我が家の本棚に入るこの本を、時折手にとって読むたびに、私はきっとこの宿題について考え込むことになるだろう。

 

End.

 

 

追伸:拙い文章を最後までお読みいただき、ありがとうございました。この本は真面目な本と思われたかもしれませんが、読書という名のエンターテイメントにふさわしい、とても読み応えのある面白い本です。買ってよかった!!早く読めばよかった!!ブレイディ母のような母ちゃんになりたい!なれるかな・・・。

 

どんな本かちょっと読んでみたい、と思う方は、新潮社のホームページで4章分の全文を公開していますので、読んでみてください。

https://www.shinchosha.co.jp/ywbg/

 

4章分読んで興味を持ったあなた、ぜひ全部読んでください。ちなみに私は11章がとても好きです。

 

では!

 

【参照・引用】

*1)文部科学省 総合教育政策局 外国人の子供の就学状況等調査結果(速報)(令和元年9月27日)
https://www.mext.go.jp/content/1421568_001.pdf

*2)文部科学省 初等中等教育局外国人児童生徒等教育の現状と課題
https://www.bunka.go.jp/seisaku/kokugo_nihongo/kyoiku/todofuken_kenshu/h30_hokoku/pdf/r1408310_04.pdf

*3)OECD Family Database
http://www.oecd.org/els/soc/CO_2_2_Child_Poverty.pdf

*4)内閣府 平成26年度版 子ども・若者白書
https://www8.cao.go.jp/youth/whitepaper/h26honpen/b1_03_03.html

*5)平成31年東京大学学部入学式 祝辞
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message31_03.html